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ご案内
丸の内ビジネス専門学校(1948年創立)に属する丸の内経営研究所は、常に時代の変化と課題に真正面から向き合い、企業や地域社会の持続的発展を支えるパートナーであり続けます。企業・自治体向け人材育成プログラムの提供、多文化共生の推進、外国人労働者の離職防止など、多様性を力に変える取り組みを通じて、現場の実情に根ざした支援を行っています。人と組織がともに成長するために、私たちは「学び」を起点とした実践的なソリューションを提供し続けます。
丸の内経営研究所 所長 小山 正広
~経営の視座~ SDじいじ
2026.09.08「昔は良かった」が会社を弱くする
経営者と話をしていると、ときどき気になることがあります。「昔はもっと社員が頑張った」「昔はお客様との付き合いも深かった」「昔はこんな苦労をして会社を大きくした」「昔はこれでうまくいった」もちろん、過去の経験には価値があります。苦労して会社をつくり、育ててきた経験は、誰にでもできるものではありません。経営者として積み重ねてきた経験は、貴重な財産です。
しかし、その「昔話」は、今の経営に本当に役立っているだろうか。過去の成功を語ることと、過去の成功にしがみつくことは違います。昔のやり方を振り返り、「なぜ成功したのか」を考えるのは大切です。しかし、「昔はこうだった」「昔はこれで良かった」を理由に、今も同じことを続けようとするなら、それは経験ではありません。ただの思考停止です。時代は変わっています。お客様も変わった。社員の価値観も変わった。働き方も変わった。技術も変わった。競争相手も変わった。それなのに、経営者だけが昔のままでは、会社が変われるはずがありません。特に危険なのは、過去の成功体験を「自分の経営能力の証明」と思ってしまうことです。「俺はこれで会社を大きくした」確かに、それは事実かもしれません。しかし、それは過去の時代において成功したという事実です。その経験が、そのまま現在の経営能力を証明するものではありません。むしろ、経営者に問われているのは、「今、この環境で何をするか」ではないでしょうか。10年前に正しかったことが、今も正しいとは限りません。5年前に必要だったものが、今も必要とは限りません。そして、昨日まで正しかったことが、明日には間違いになることだってあります。経営者の仕事は、過去を守ることではありません。未来に会社を残すことです。だから、過去の話をすること自体が悪いのではありません。問題は、「昔はこうだった」で話が終わってしまうことです。「昔はこうだった。では、今はどうする?」ここまで考えて、初めて経験が経営に生きてきます。そして、もう一つ怖いことがあります。経営者が昔話ばかりしている会社では、社員も次第に「新しいことを言っても無駄だ」と思うようになります。何か提案しても、「昔もやったけど駄目だった」「そんなことは無理だ」「今までこれでやってきた」と返される。これが続けば、社員は提案しなくなります。そして会社から、「考える人」がいなくなっていく。これは、とても危険なことです。会社が衰退するとき、いきなり売上が半分になるわけではありません。まず、社員が新しいことを言わなくなる。次に、挑戦する人がいなくなる。そのうち、優秀な人から辞めていく。そして最後に、会社の数字に表れる。その頃になって、「最近の若い人は……」「人が育たない」「人材がいない」と言っても、もう遅いのです。もしかすると、社員が育たなかったのではなく、経営者が社員を育つ環境に置かなかっただけかもしれません。過去は大切です。しかし、会社は博物館ではありません。過去の成功を展示しておく場所でもありません。毎日、環境が変わる中で、明日の答えを探していく場所です。経営者が過去ばかり見ていると、会社は前に進めません。バックミラーばかり見て運転している車と同じです。後ろを見ることは必要です。しかし、前を見なければ事故を起こします。経営者に問いかけたい。あなたは、社員に「昔の話」をどれくらいしていますか。そして、その話の最後に、「だから、これからどうする?」と続けていますか。過去の成功は、経営者の勲章です。しかし、それを毎日磨いているだけでは、会社の未来はつくれません。過去に感謝することと、過去に縛られることは違います。昔の自分を超える。昔の会社を超える。その覚悟を持つことこそ、経営者に求められているのではないでしょうか。「昔は良かった」と言う前に、「これから、もっと良くするにはどうするか」を考えたい。そんな経営者のいる会社であってほしいと思います。(SDじいじ)
2026.09.07 決めない経営
経営者の仕事は、何をするかを決めることだと思っている人は多いでしょう。しかし、それだけではないと思います。「決めない」ということも、経営者の立派な??意思決定です。「もう少し様子を見よう」「みんなの意見を聞いてから決めよう」「今はまだ時期ではない」「もう少し情報を集めよう」どれも一見すると、慎重で、社員のことを考えた判断のように聞こえます。もちろん、急いで決める必要のないこともあります。慎重さは経営にとって大切です。しかし、本来決めるべき時に決めない。決断を先送りする。その結果、現場が困り、社員が迷い、お客様への対応が遅れる。こうなれば、「慎重な経営」ではありません。単なる決断の先送りです。
経営者が決めないと、現場は勝手には動けません。正確には、動けなくなるか、社員それぞれが自分の判断で動き始めます。すると、「あの人はこう言った」「私はこう聞いている」「前はこうだった」と、組織の中にいくつもの正解に似た判断材料が生まれてしまう。これは、会社にとって非常に危険な状態です。さらに厄介なのは、決めない経営者ほど「現場の意見を尊重している」と考えていることです。もちろん、現場の声を聞くことは重要です。しかし、意見を聞くことと、決断を現場に委ねることは違います。材料を集め、意見を聞き、最後に決める。その最後の一歩を踏み出すのが、経営者の仕事ではないでしょうか。そして、決断には必ず責任が伴います。うまくいかなかったとき、「現場がそう言ったから」「みんなで決めたから」と逃げるのではなく、「最終的に私が決めた」と言える人こそ、経営者なのだと思います。経営に正解はありません。だからこそ、100点の答えが出るまで待っていたら、永遠に決められないこともあります。70点でも決めて、動かして、結果を見て、修正する。時には、それが経営です。
決めることより、決めないことのほうが楽な場合があります。
責任を負わなくて済むからです。しかし、その「楽」を選んだ結果、社員の時間を奪い、会社の成長を止め、問題を大きくしてしまうことがあります。だから、経営者に問いかけたい。今、あなたの会社で「決まっていないこと」は何でしょうか。そして、それは本当に「まだ決める必要がないこと」なのでしょうか。それとも、経営者自身が責任を負うことを避けているだけなのでしょうか。
決めないということは、何もしないことではありません。
時間を失い、機会を失い、時には人を失うという決断をしているのです。経営者に必要なのは、すべてを正しく決める能力ではありません。
決めるべき時に決める覚悟。
そして、間違えたら、自分の決断として修正する覚悟。それが、経営者の仕事なのだと思います。
(SDじいじ)
2026.1.29 地域密着とは?
「地域密着」という言葉ほど、使うのは簡単で、証明するのが難しい言葉はない。企業の広告やホームページで、当たり前のように使われている「地域密着」という言葉。支店がある、営業所を構えている、地元に長くいる、それだけで、自社を地域密着企業だと位置づけているケースは少なくありません。
しかし、その評価を下すのは企業側ではありません。地域で暮らす人々と、日々接しているお客様です。地域の人は、思っている以上に冷静です。
経営者が考える「地域密着」と、地域の人が感じる「地域密着」には、大きなズレがあることがあります。地域の人は、こう見ています。
「この会社は、困ったときに本当に頼れるか」「自分たちの生活や事情を理解しているか」「都合が悪くなったら、簡単にいなくならないか」支店があるかどうかは、ほとんど評価の対象になっていません。看板やキャッチコピーよりも、過去の対応、姿勢、継続性を見ています。
地域の人から見て、「地域密着とは言えない」と受け取られてしまう例は少なくありません。拠点があるだけで、関わりがない。営業所はあるが、地域行事にも関心がなく、地域課題にも無関与。存在しているだけで、関係は築けていない。売る時だけ顔を出す。契約や販売の場面では「地元のために」と語るが、問題が起きた時や不都合な場面では距離を取る。サービスがどこでも同じ。地域性を語りながら、提供している内容は全国一律。地域特有の事情や背景は反映されていない。これらは、企業側が思う以上に、地域の人に見抜かれています。そして一度そう認識されると、「地域密着」という言葉は、むしろ不信感を生むラベルになります。
「地域密着」を掲げた瞬間、企業は試されます。本当にこの地域に必要とされているか、いなくなったら困る存在か、利益より先に、地域との関係を考えているか、これらに一つでも答えられなければ、地域密着という言葉は空虚になります。あえて、経営者に問いかけたい。あなたの会社は、地域の人からどう語られているだろうか?看板がなくなったとき、困る人はいるだろうか?「地域密着」と書かなくなっても、同じ評価を得られるだろうか?
もし胸を張って答えられないのであれば、地域密着という言葉を使う前に、行動を見直す必要があるのかもしれません。
地域密着とは、宣言するものではなく、結果として残るものです。地域の人が自然と名前を挙げ、困ったときに思い出す。その積み重ねがあって、初めて「地域密着」という評価が与えられます。言葉を使うのは簡単です。しかし、その言葉に見合うだけの行動と覚悟がなければ、地域密着は企業の信頼を高めるどころか、試金石になってしまいます。
(SDじいじ)
2026.1.22 本当に人手不足?
「人手不足だ」「採用しても人が集まらない」こうした声を、ここ数年あらゆる業界で耳にします。確かに、少子高齢化という大きな構造変化を考えれば、人材確保が簡単でないのは事実です。ただ一方で、本当に“人”が足りないのか、それとも“仕事の組み立て方”や“回し方”に問題があるのか、一度立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。
現在では、以前に比べれば人手不足感は多少改善してきています。それにもかかわらず、現場では相変わらず忙しさが解消されず、「人が足りない」という言葉だけが独り歩きしているケースも少なくありません。その背景には、形骸化した仕事や、目的を見失った業務が温存されている現実があります。
たとえば、前例踏襲で続けられている報告書、誰も読まない資料作成、承認のためだけに存在する会議。これらは本当に今も必要な仕事でしょうか。本来ならば見直されるべき業務がそのまま残り、現場の時間と労力を奪っている。その結果、「忙しい=人が足りない」という短絡的な結論に陥ってしまうのです。
また、悪い意味でのワークシェアリングも問題です。仕事を細かく分けすぎた結果、全体像が誰にも見えなくなり、責任の所在が曖昧になる。引き継ぎや確認に余計な手間がかかり、かえって非効率になるケースも多いでしょう。本来は生産性向上のための分業が、逆に人手不足感を増幅させてしまっているのです。
こうした状況の根底にあるのは、明確に経営者の問題です。仕事をどう組み立て、どう回すかは経営の責任であり、その判断や決断を先送りしてきた結果が、現場の「人手不足感」を生み出しています。人を増やす前に、仕事そのものを減らせないか、やり方を変えられないかを考える。それは決して現場任せにしてよいテーマではなく、経営の重要な役割です。
ただし、仕事の仕組みを変えることが万能薬であってはなりません。効率化や再編の名の下に、短期的な数字だけを追い、現場の声を聞かないまま改革を進め、従業員へ過度な負担を強いたり、安全や健康への配慮がおろそかになるのであれば、それは改革ではなく単なる責任放棄です。仕事の仕組みを見直す際にこそ、人の働きやすさや安心が守られているかを確認する。それができない経営者は、経営者として失格だと言わざるを得ません。
本当の意味で人手不足かどうかを見極めるためには、「人が足りない」という言葉を一度疑ってみること。無駄な仕事はないか、目的を見失った業務はないか。そこに目を向けるだけで、見えてくる景色は大きく変わるはずです。
人を集める前に、仕事を整える。その役割を担うのは、言うまでもなく経営者です。この順番を取り戻せたときに初めて、私たちは“本当の人手不足”と向き合えるのではないでしょうか。
(SDじいじ)
2025.10.27 林立するIT資産
クラウド、AI、SaaS、RPAなど、技術の進化は目覚ましく、企業は次々と新しいシステムを導入してきました。
しかし、その結果として、社内にそれらが林立し、全体像を誰も把握できない状態に陥っている企業が少なくありません。
本来、ITは経営を支える“手段”であり、目的ではありません。
目的を見失ったシステムは、やがてコストと複雑さを生むだけの「資産」に変わります。
便利そうだから、流行しているから、そんな理由で積み上げられたシステムは、企業の足かせにもなり得ます。
だからこそ、求められるのは経営者の見極める力です。
「この技術は自社の価値を高めるのか」「顧客にとってどの様な意味があるのか」。その問いに真正面から向き合う姿勢こそが、IT投資を“資産”から“戦略”へと変える鍵になります。経営者には、技術そのものを理解する力以上に、「選び、捨てる」判断力が問われています。
林立するIT資産の中で、本当に残すべきものは何か。
それを見極め、整え、活かすことこそが、これからの経営責任です。ベンダーやシステム担当の言いなりではダメです。
ITを育て活用するのは技術ではありません。経営の眼です。
(SDじいじ)
2025.07.30 企業のカスハラ対策について思う事
「顧客のハラスメントは許さない」と掲げつつ、社員の接遇スキルは低いまま、自社側の過失や不手際への自覚が乏しい、内部通報や従業員ケアの体制もない。
こうした企業姿勢はお客様からは「対話拒否」「責任回避」と捉えられ、かえって不信を招く可能性もあります。
本来あるべき対応
社内の接遇・品質向上をまず行う(経営者は現状を自身の目で確認する)。苦情とハラスメントの線引きを社内で明確にする。従業員を守る制度(カスハラ対応フロー、エスカレーション体制)をしっかり整える。その上で、毅然とした「宣言」や「対応方針」を示す。
(SDじいじ)
